読了日:2011/07/04
個人的評価:★★★★☆(4.5)
「小説すばる」連載 258ページ(集英社・2010/03/30)
<あらすじ> 印章店を細々と営み、認知症の母と二人、静かな生活を送る中年男性。ようやく介護にも慣れたある日、幼い子供のように無邪気に絵を描いて遊んでいた母が、「決して知るはずのないもの」を描いていることに気付く……。三十年前、父が自殺したあの日、母は何を見たのだろうか?【隠れ鬼】/共働きの両親が帰ってくるまでの間、内緒で河原に出かけ、虫捕りをするのが楽しみの小学生の兄妹は、ある恐怖からホームレス殺害に手を染めてしまう。【虫送り】/20年前、淡い思いを通い合わせた同級生の少女は、悲しい嘘をつき続けていた。彼女を覆う非情な現実、救えなかった無力な自分に絶望し、「世界を閉じ込めて」生きるホームレスの男。【冬の蝶】など、6章からなる群像劇。大切な何かを必死に守るためにつく悲しい嘘、絶望の果てに見える光を優しく描き出す、感動作。 |
何回も直木賞にノミネートされながら、ずっと受賞を逃してきて道尾さん、ようやく第144回(2010年下半期)で受賞しました。こういう方は過去の例を見ると売れっ子作家になっていることが多いですね。 さて、本作品は以前図書館に予約をしていながら、手元に来たのが行政書士試験の勉強が佳境に入った頃だったため、読まずに返してしまいましたが、どうしても気になって再度予約をして借りた本です。やはり借りてよかったです。次から次へと、どんどん読み進めたくなるような作品です。 「隠れ鬼」(認知症の母と暮らす中年男)、「虫送り」(ある罪を犯した幼い兄妹)、「冬の蝶」(悲しい秘密を抱えた少女と少女に恋をする少年)、「春の蝶」(あるきっかけで耳が聞こえなくなった少女と少女の祖父)、「風媒花」(病にかかった姉を見舞う、母を恨む青年)、「遠い光」(自信をなくした女教師と憂鬱を抱える生徒)の6篇からなる連作短編集です。それぞれ別のストーリーですが、それぞれの話が次の短篇に上手く橋渡しされていて、絶妙に関連しています。後の短篇中に前の短篇の主人公がチョイ役で出てきたりして、最後の短篇でフルキャストを登場させるという、まあありがちな形式ではあります(最後の短篇のフルキャスト登場はちょっと設定が強引な感じがしたのが残念ですが…)。それぞれの短編では、虫や花がとても印象的に使われています。ちなみに、「光媒」というのは、道尾さんの造語らしく、「風媒花」、「虫媒花」からとったものだそうです。つまり、”人は虫や風に頼らなくても、光によって自分の花を咲かせることができる”と…。 やはりノッている作家さんは一味違います。道尾さんの作品というと陰鬱な感じで人間の暗部に焦点をあてているものが多いですが、今回の作品は今までの作品と趣きが若干違います。こういう作品も書けるんだ、とまた一つ別の顔を見せられたような感じです。登場人物は皆、心に暗い影をもっていて、夢と現実のギャップに心が折れていたり、一番大切な人を憎んでいたり、好きな人を苦境から助けられなかった記憶をもっていたり、中には罪を犯したことを隠している人もいます。彼らは自分の愚かさや小ささに一人で悩み、一人で苦しんでいます。そういう登場人物の繊細な感情が見事に描写されているところはさすがです。ただ今回は救われない話ではなく、心を暖かくさせてお話です。いかにも「いい話だぞ」と押しつけがましいものよりもこういう方がグッと来るんじゃないかと思います。おススメです!道尾さんの作品はまた読みたいです。次は最新作「カササギたちの四季」を読む予定です。その後は直木賞受賞作「月と蟹」かな…。 ちなみに本作品は山本周五郎賞を受賞しています。 |