奥田英朗「オリンピックの身代金」

読了日:2009/11/20
個人的評価:★★★★☆
「野性時代」連載 524ページ(角川書店・2008/11/30)


<あらすじ>

昭和39年夏。10月に開催されるオリンピックに向け、世界に冠たる大都市に変貌を遂げつつある首都・東京。この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていない。そんな気運が高まるなか、警察を狙った爆破事件が発生。同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届けられた!しかし、この事件は国民に知らされることがなかった。警視庁の刑事たちが極秘裏に事件を追うと、一人の東大生の存在が捜査線上に浮かぶ…。「昭和」が最も熱を帯びていた時代を、圧倒的スケールと緻密な描写で描ききる、エンタテインメント巨編。



<たーやんの独断的評価>

今年の初め頃に本屋でたくさん平積みになっていた本作品が図書館の要予約対象外になっていたので借りてみた。実に読み応えがあった。2段組で500ページ超だから、文庫本だと軽く3冊分にはなるだろう。

今回は奥田氏流のいつもの軽妙さや皮肉なユーモアは封印されてシリアス一筋。前半のうちは、主人公の島崎国男の目線で描かれる章とそれ以外の人の目線で描かれている章に2カ月近くの隔たりがあり、時点が行ったり来たりするので、慣れるまではかなり読みづらい(時系列で描かなかった意図は見えない…)。その隔たりがだんだんなくなってきて、オリンピック開会式当日にクロスする。後半にさしかかると、見事なまでのスピード感と緊迫感にすっかりストーリーに引き込まれ、読者は自分自身が警察に追われる身であるかのような錯覚に陥り、本を閉じているときですらパトカーを見ると異常にドキドキしてしまうほど島崎になりきってしまうことだろう。

将来が約束されている東大大学院生というステータスを手にしているにも関わらず、資本主義、地方や社会の底辺層の切り捨てなどに一石を投じるために、手段はともかくとしても国家権力を相手に孤独な戦いを挑んでいく姿は共感すら覚える。この時代はどうすれば日本が良くなるか考えていた人もいたのだ。やはり隔世の感がある。現代は事なかれ主義、個人主義が蔓延っていて、「世直し」のために一身を投げ打ってなどと考える奇特な人はまずいないだろう。

それにしても、犯罪を計画する以前の島崎の印象は、とてもこのような大胆な犯罪を犯す人物と結びつかない。また動機と行動とがかけ離れているような気がするのは、結論ありきでストーリーが作られているからだろうか、それとも私がこの時代の「闇の部分」を知らなさすぎるからだろうか。

格差問題、学生運動、在日朝鮮人、覚醒剤、警察のセクショナリズムなどのテーマを織り込みながら、この時代の光と闇を凝縮した盛りだくさん一冊だ。何せヴォリュームがあるので、時間のある時に一気に読むことをおススメする。