佐藤多佳子「一瞬の風になれ」




【第一部 −イチニツイテ− 】
読了日:2009/08/27
書き下ろし 228ページ(講談社・2006/08/25)

【第二部 −ヨウイ− 】
読了日:2009/08/28
書き下ろし 273ページ(講談社・2006/09/21)

【第三部 −ドン− 】
読了日:2009/08/31
書き下ろし 383ページ(講談社・2006/10/24)

個人的評価:★★★★☆


<あらすじ>

【第一部】
主人公である新二の周りには、2人の天才がいる。サッカー選手の兄・健一と、短距離走者の親友・連だ。新二は兄への複雑な想いからサッカーを諦めるが、連の美しい走りに導かれ、スプリンターの道を歩むことになる。夢は、ひとつ。どこまでも速くなること。信じ合える仲間、強力なライバル、気になる異性。神奈川県の高校陸上部を舞台に、新二の新たな挑戦が始まった――。

【第二部】
冬のオフシーズンを経て、高校2年生に進級した新二。冬場のフォーム作りが実を結び、スピードは着実に伸びている。天才肌の連も、合宿所から逃げ出した1年目と違い、徐々にたくましくなってきた。新入部員も加わり、新たな布陣で、地区、県、南関東大会へと続く総体予選に挑むことになる。新二や連の専門は、100mや200mのようなショートスプリント。中でも、2人がやりがいを感じているのが4継(400mリレー)だ。部長の守屋を中心に、南関東を目指してバトンワークの練習に取り組む新二たち。部の新記録を打ち立てつつ予選に臨むのだが、そこで思わぬアクシデントが…。

【第三部】
高校の最終学年を迎えた新二。入部当時はまったくの素人だったが、今では県有数のベストタイムを持つまでに成長した。才能とセンスに頼り切っていた連も、地道な持久力トレーニングを積むことで、長丁場の大会を闘い抜く体力を手にしている。100m県2位の連、4位の新二。そこに有望な新入生が加わり、部の歴史上最高級の4継(400mリレー)チームができあがった。目指すは、南関東大会の先にある、総体。もちろん、立ちふさがるライバルたちも同じく成長している。県の100m王者・仙波、3位の高梨。彼ら2人が所属するライバル校の4継チームは、まさに県下最強だ。部内における人間関係のもつれ。大切な家族との、気持ちのすれ違い。そうした数々の困難を乗り越え、助け合い、支え合い、ライバルたちと競い合いながら、新二たちは総体予選を勝ち抜いていく――。



<たーやんの独断的評価>

「しゃべれどもしゃべれども」で知られる佐藤多佳子氏の青春スポーツ小説。2007年の本屋大賞受賞作品。最近は女流作家が書いたスポーツ青春モノがベストセラーになっている。あさのあつこ氏の「バッテリー」しかり、三浦しをん氏の「風が強く吹いている」しかり。本作品は取材に3年もの時間を費やしたそうなのでかなり力作だ。

サッカーから転向して陸上を始めた新二と、新二の幼なじみで走りの天才・連を中心にした高校3年間が描かれており、インターハイ出場への道を題材にした、友情あり、純愛ありの典型的な青春ドラマだ。「イチニツイテ」、「ヨーイ」、「ドン」の三部作で構成されている。

陸上の花形である100mや200mなどの個人競技の描写も面白いが、個人的にはリレーのシーンが秀逸だったと思う。チームワークの大切さ、人間関係、自己管理の難しさ、反復練習により磨き上げる技術などが丹念に描かれている。私は運動部に所属したことがないので、このストーリーにあるようなことそのものを感覚として共有することはできないが、大学生の時にオーケストラに所属して、70〜80人もの人で半年近くの時間をかけて自分たちの音を創り上げることに夢中になっていたので、読みながら学生時代が懐かしく思えたし、またあの頃に戻りたいと思ったりもした。きっと、陸上競技をやったことがない人でも、何かを極めようとして?部活などに燃えたことがある人は痛く共感できるだろう。また”かけっこ”に興味がない人でも楽しめること請け合い。

こういう青春ドラマでは脇役の存在が極めて重要。顧問のみっちゃん、リレーメンバー、陸上部の仲間たち、新二の家族、他校のライバルたちがとてもいい味を出している。自分には持ち合わせていないスポーツマンならではのポジティブな意味での「単純さ」には憧れるなあ。

それにしても、「終章」になって、リレーが終わり翌朝に200m決勝をひかえた前夜の記述が出てくるが、個人的にはこの小説はリレーのゴールシーンで締めくくるべきだったと思う。「終章」は蛇足だったのではないか??

本作品と同様、今年になって文庫化された三浦しをん氏の「風が強く吹いている」は、大学の駅伝部の箱根駅伝出場への道を題材にしたもので、本作品と非常にテイストが似ているので、未読の方はこちらもおススメ。絶賛発売中!