宮本輝「ここに地終わり海始まる」(上)・(下)


読了日:2009/08/16・2009/08/17
個人的評価:★★★☆☆
「小説すばる」連載 294ページ・272ページ(集英社・1994/10/15)


<あらすじ>

十八年間の療養生活を終えた志穂子は二十四歳を迎えるまえの日に、生まれて初めて電車に乗った。病状に奇蹟をもたらすきっかけとなった一枚の絵葉書の差出人、梶井克也に会うためだった。しかし志穂子は、その人物にまったく心当りがないのだった。―そんな人が、なぜ、私に絵葉書などくれたのだろう。
梶井克也は人気コーラスグループ〈サモワール〉の主力メンバーだった。虚飾と悪徳の世界を逃れて日本を脱出し、ヨーロッパを放浪したあげくぼろぼろになってリスボンからその手紙を投函したのだ。そして始まった愛が志穂子の無垢の魂に点火したのだった―。めくるめく恋への船出を描く宮本文学の最高傑作。



<たーやんの独断的評価>

宮本輝氏の作品を読むのは数年ぶり。6歳から長期にわたり北軽井沢の結核療養所で過ごすことを余儀なくされ、人生を放棄しかけていた主人公・志穂子が、1枚の絵葉書を受け取ることによって奇跡的に結核を克服し、退院するところから始まる。

何をするにしても初めてづくし、18年もの間、社会から隔絶されたところにいた人が、都会で一般の人と同じように生活していくことの難しさがよく伝わってくる。世の中の縮図とも言われる病院で長年過ごしてきた彼女のその感受性は人一倍研ぎ澄まされている。20代半ばにして初めてできた友人や好意を抱く人に対する純粋な想いや志穂子に対する両親をはじめとする周囲の人の思いやり、慈しみが存分に描かれている。

ヨーロッパ最西端のロカ岬の記念碑に刻まれた言葉、「ここに地終わり海始まる」を通して、人生の船出を象徴する”なにかの終わりは、新しい何かの始まり”というメッセージが感じられる。読後感は爽やか。新たな道を歩み始めた彼らのその後は読者の想像に委ねられる。

読みやすいことは読みやすいが、読了後にこれといった感慨もなく、何をレヴューに書けばよいかと悩んだほど。またストーリー中に特に事件が起きるわけでもなく、志穂子の周囲の人間との間で揺れ動く心、成長していく姿の描写が中心で、冗長さが否めなかった。この内容だと文庫で500ページ強は長すぎるか…。