天童荒太「あふれた愛」

読了日:2009/08/14
個人的評価:★★★★★
「小説すばる」連載 333ページ(集英社・2000/11/10)


<あらすじ>

ささやかでありふれた日々の中で、たとえどんなに愛し合っていても、人は知らずにすれ違い、お互いを追いつめ、傷つけてしまうものなのか…。夫婦、親子、恋人たち。純粋であるがゆえにさまざまな苦しみを抱え、居場所を見失って、うまく生きていくことができない―そんな人々の魂に訪れる淡い希望を、やさしくつつみこむように描く四つの物語。天童荒太の本質がつまった珠玉の作品集。



<たーやんの独断的評価>

「とりあえず、愛」、「うつろな恋人」、「やすらぎの香り」、「喪われゆく君に」の4篇からなる短編集。心が疲れてしまっている人にお薦めの作品集だ。どれも甲乙つけ難いが、敢えて言えば、この中では「やすらぎの香り」が一押し。

人は知らず知らずのうちにお互いを傷つけあって生きているもの。主人公たちはみんな優しすぎるのだろう。人に対する気遣いが過剰だったり、人に迷惑をかけないようにしないといけないという思い込みが強すぎて、自分が悪くないことまで自身を責めてしまう。精神的にズタズタになってしまった彼らは、自分の存在意義を見失い、うまく生きていくことができなくなってしまう。

いつもながら、天童氏の作品はテーマが重く、読者の心の中に鋭く切り込んでくる。今の私には平常心では読めない。こういうのを読んでいると、自分の思っていることをストレートに表現する人、自己愛の強い人、他人の気持ちに鈍感(無関心)な人、何でも器用に立ち回れる人は、主人公たちのような苦しみを味わうことなく生きているのだろうか、もしそうならば実に羨ましいことだ。こんな言い方をすると身も蓋もないが、その方が人生は絶対にHappyに違いないのだ。

天童氏の登場人物に対する慈しみがよく伝わってきて、最終的には明日に希望を残せるところがよい。現実の世界ではそんな甘いものではないのかもしれないが、「幸せになること」、「愛すること」についての天童氏のメッセージを感じることができるに違いない。きっと疲れた心を癒してくれるだろう。