伊坂幸太郎「魔王」

読了日:2009/03/25
個人的評価:★★☆☆☆
小説現代 特別編集「エソラ」掲載253ページ(講談社文庫)


<あらすじ>

会社員の安藤は弟の潤也と二人で暮らしていた。自分が念じれば、それを相手が必ず口に出すことに偶然気がついた安藤は、その能力を携えて、一人の男に近づいていった。五年後の潤也の姿を描いた「呼吸」とともに綴られる、何気ない日常生活に流されることの危うさ。新たなる小説の可能性を追求した物語。



<たーやんの独断的評価>

「魔王」と「呼吸」の2つの物語からなる。「魔王」は安藤兄が主人公で兄の視点から描かれ、「呼吸」は「魔王」の5年後の話で、安藤弟が主人公で、弟の妻である詩織の視点から描かれている連作小説である。

国民にわかりやすい言葉で語りかけて、選挙で大勝し、総理大臣に就任した犬養が、景気の回復、年金制度の再構築に成功をおさめ、若者を中心として圧倒的な支持を得る、そして国民投票法を公布して、ついには憲法改正の国民投票へと進んでいくというリアルな時代背景の中で、主人公が超能力と言われるような能力の持ち主であるというところがちぐはぐでどうもついていけない。また、真面目な調子で政治問題について書いているのかと思えば、「牛タンタンメン」って「牛肉の入った坦々麺」なのか「牛タンの入ったタンメン」なのかといった人を食ったような会話も織り交ぜてくる。この小説は何??という疑問を持ったまま終盤へ。それで「あれ、これで終わったの?まだ謎が全然解決してないじゃん」という結末で、結局何が言いたかったのかよく分からないまま。表題となっている「魔王」とは何か、について読者に委ねているところがそのように感じさせるのかもしれない。

延々とファシズム、憲法改正、日本の国際社会における立場といったテーマをしつこいくらい扱っている割には、伊坂氏が文庫あとがきで、「これらに特定のメッセージは含んでいない」と書いているからますます不可解。

私個人としては、「魔王」とは、国民の政治無関心を意味しているのだと思うが…。それくらいのメッセージは発信しているように思えるが的外れだろうか??

メッセージがあまり伝わってこないということで私の評価は低くしてあるが、読み物としては面白く読めるとは思う。
あと参考までに、私も未読であるが、本書の世界からさらに少し未来、憲法を改正して徴兵制が布かれた時代を描いた続編?(登場人物は変わっている)として「モダンタイムス」が2008年秋に出版されているので、本書を読んで興味が湧いた方は読んでみては如何か。