ARIA最終回という無限の可能性

 このテキストは通常より恥ずかしい台詞3割増しでお送りします。

 今日は天野こずえ『ARIA』の最終回についてです。ARIAというと劇的にクソなアニメ版が思い出されますが(主題歌だけはガチ)、漫画版の方の話です。

 ARIAは最低の最終回だったとか言われますけど、私はこれ以上の最終回はなかった、むしろこの最終回の存在によりARIAを越えるまったり漫画は出現できなくなったと言いたいです。

 ARIAは『地球の喧騒なんて忘れてアクア(開発された火星)へおいでよ』という、灯里たちの平和な日常を延々と描くゆるーい癒し系漫画で、疲れた時の現実逃避の手段としては最強クラスの火力を誇ります。

 こんな日々がいつまでも続いていけばいいのに、という漫画である以上、一番の焦点となるのは最終回。考えられる選択肢は2つ、1つ目は『俺たちの冒険はこれからだ!第一部完!』型――つまり話は進まず現状維持、灯里はいつまでも半人前で友人たちとのんびりまったりの生活が続いていくという形。2つ目は普通に終わらせる型。広げた風呂敷はきちんと畳んでおしまい。さて、ARIAはどれを選んだでしょうか。

 半人前だった灯里も成長し、親友・藍華も昇進して栄転、アリシアさん(3919歳)も寿退社……など、今までの日常の象徴だった人たちが次々と灯里の前から姿を消してゆく。アリシアさんも、『灯里には前から一人前の能力があったが、それを認めたらそばにいられなくなるから先延ばしにしてしまった』と別れを惜しみ涙を流します。この様子を『フラグ回収に徹して今までの世界をぶち壊した』『ヒーリングどころか心抉って勝手に最終回とか素敵な奇跡(笑)と評価する人もいます。

 そして数年後、ARIAカンパニーに入社したアイちゃんを見つめて、成長した灯里(39)が一言、「ちょっと嬉しいだけだよ」

 この瞬間、灯里とアリシアは完全に同期した、というか、灯里はこの時代のアリシアになったと言えるでしょう(アリシアさんは同じタイミングで灯里に「ちょっと嬉しいだけよ」と言います)。ということは逆に、アリシアさんが半人前時代はその時代の灯里だったとも言えます。一見完璧な才女に見えたアリシアさんも、昔はもっと灯里のようにドジをしたのでしょうし、今でも自分の都合で灯里を振り回してしまっていた。

 そしてこの時代のアリシアさんである灯里さんは、かつてのアリシアさんのように優しくも完璧に灯里であるアイちゃんを指導し、そしてアイのプリマ昇格を自分の感情から先延ばしにしてしまい涙を流すのでしょう。

 そうしてその時代の灯里さんになったアイさん(39)は新しい新人を見つめて「ちょっと嬉しいだけだよ」と言い…、と、私たち読者が見てきた灯里たちののんびりまったりな暮らしは世代を超えて続いていくことが確信できます

 ちょっと嬉しいだけだよ。この一言だけで、アリシアの前にも、灯里の後にも、無限のアリシアさんと灯里たちがいることになった。たった一言で時間という境界を永遠に超越したARIA。これを素敵な奇跡と言わずしてなんと言うんでしょう。ちなみに、アニメ版最終話のタイトルは「その、新しいはじまりに…」です。

 ARIAは、あのまま灯里が半人前のまま終わらない話にすることも出来たはず。そうして灯里たちの話はホルマリン漬けのように保存できたはず。でもそれをせず、しないことで、ミクロな『灯里の物語』だけに留まらない、もっとマクロな『灯里たちの物語』が無限に作られることになりました。

 さて、先ほど最終回のモデルを2つ提示しました。ARIAはどれを選んだでしょうか。答えは3、終わらない。そう、ARIAは終わらせることで終わらない漫画になったのです

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